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2012-07-09 (Mon)


少し前ですが、『アーティスト』観てきました。

アカデミー賞にノミネートされている時からとても気になっていた映画。
なぜなら、映画を紹介するVTRを見る限り、タップダンスシーンがしっかりとあったから。
しかも、サイレントだという。
きっといい映画に違いない、でも地味そうだから賞は獲れないだろうと思っていたら、まさかの受賞。
本当にびっくりした。



内容はとてもオーソドックス。
映画がサイレントからトーキーに変わる頃。
サイレントのスター・ジョージ(ジャン・デュジャルダン)と、ジョージに憧れる女優の卵・ペピー(ベレニス・ベジョ)。
映画の制作会社はトーキーの実験フィルムの制作に成功し、ジョージに見せるが、ジョージはこれを一蹴。
独立してサイレントを自分で作ることにしたジョージと、トーキーの看板女優として名を上げはじめたペピー。


その後のストーリーは伏せますが、奇を衒う展開は特になく、紆余曲折を経て前向きな結末で終わります。




自分がタップダンサーなので、どうしてもタップシーンが気になって観たわけですが、扱いとしては少しだけでした。
が、タップは物語の鍵となる、とても重要なシーンです。
クライマックスのタップシーンは、そこでタップなのか!と思ったらもう号泣でした。



ガラガラの映画館で、ここでこんなに泣いていたのは私だけかもしれない。
多分作品自体がアステアやその周辺へのオマージュで、その辺の時代のミュージカル映画のことを多少かじっていて事情がわかるからかもしれないけれど。


でも、このクライマックスシーン。
ネットでは「タップが下手すぎる」という酷評も見られます。
タップダンス仲間の間でも、やはり同じような声は聞かれました。


確かに半年で仕込んだらしいタップダンスは、ちょっと動きが硬いし、確かに上手くはないかもしれない。
でも、それでもこのシーンの意味は薄れることはないと感じました。


タップダンスは色々なダンスの中でも、ドキドキやワクワクを伝えるのに適していると思うのです。
また、歳をとって運動量が落ちても、その人の魅力を表現できるダンスでもあります。

そういうタップダンスの良さが、このシーンには詰まっていた。
あまり上手くなくても、喜びに溢れていた。
(そして、これは蛇足だけど、設定上もあまり上手いのはおかしい気がする。
ミュージカル映画前夜の話だし、ダンサーの役ではないし。)

ストーリーとのリンクで、その持って行き方が絶妙で、気づいたらワッと涙が溢れていた。
あまりの不意打ちに、声が漏れそうな程泣いていた。



「大衆は声を聞きたがっている。大衆が求めるものこそ正しい」
映画の中で、確かこんなようなことを、制作会社の上長がジョージに告げるシーンがある。
そして映画はトーキーが主流になっていく。
サイレントの映画はガラガラ。


私が観に行った時もそうだった。
確かに平日の昼間だったが、レディースデイだったにも関わらず、館内はガラガラだった。
映画を観にきたお客は、他の館で上映のハリウッド映画に流れていた。
やはり、サイレントの映画はガラガラだったのだ。



でも。
これがアカデミー受賞である。




アートって、なんだろう。
アーティストって、なんだろう。



ジョージはアーティストとしての自分を貫き通す。
彼を救ったのは、アーティストとしての彼を最後まで信じたペピー。


周りに囚われず、信念を貫けば、誰かが見ているということだろうか。
それは作品のテーマであり、かつ、この作品そのものが受賞という形で体現したことで。

上手く言えないけれど、ちょっと元気を貰えました。
劇場公開は終わりつつありますが、機会があればぜひ。
『アーティスト』公式ページ
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