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2013-04-22 (Mon)
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春陽展チラシはこちら


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昨日タップレッスン後、ダッシュでコレを観てきました。
春陽展に出品されている絵の中に、舞踏の工藤さんをモデルにしたものがあり、その前でのパフォーマンス。
チラシには「絵と舞踏と音楽のコラボレーション」とありました。
齋藤徹さんと工藤丈輝さんのパフォーマンスは、昨年末も見ました。
(そのレポートはこちら

少し遅刻したけど、概ね観られた!
展示室内はすでに人だかり。
なんとかそれをかき分け、かき分け…。
立ち見で40分ほど。圧巻でした。

地明かりの下で観る工藤さんの舞踏は、また新鮮でした。
今回のパフォーマンスは「痛み」の表現が強く印象に残りました。
見えているのに手が届かない、大切なもの。
たどり着く前に、何ものかに阻まれる苦しみ。
やがて閉ざされる心。
工藤さんは身体を容赦無く地面に叩きつけるアグレッシブなパフォーマンスのため、途中で手を負傷したようだ。
床には血痕が残る。
痛みによって、流される血。
人はこうして、傷つくと痛みをともなった血を流す。

徹さんのベースを観て、「コントラバスの可能性を感じた」と感嘆していた若いカップルの感想が嬉しかった。
不特定多数の前でのパフォーマンスは相当な集中と消耗があるはずだけど、
徹さんのような表現を知らない人に観てもらうには絶好の機会なのでは。

私にとってアートとは、心に投げかける小石のようなもの。
心に波紋を呼び、そこに沈んだ小石の意味を、今はまだ知らない。
でも、それは確実にそこに存在する。
今日の「痛み」もまた。
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