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2013-06-29 (Sat)


1935年、アステア主演3作目。
『コンチネンタル』の成功に味をしめた製作陣が、ほとんど二番煎じ的に企画したのがこの作品。
登場人物のキャスティングも、ストーリーも、ぼんやりと観ていると『コンチネンタル』と混ざってしまうくらい似ているのです。
特に脚本は酷い(笑)。
このことにアステアはたいそう文句を言ったらしく、結果音楽とダンスナンバーは歴史に残る出来になったものの、作品としては散漫な印象でもあります。

またしてもアステア扮するのは、ダンサーのジュリー。
マヌカンのデイル(ジンジャー・ロジャース)に一目惚れするも、冷たくあしらわれ。
策を講じて土砂降りの中、二人きりになることに成功、ダンスで心を通わせるが、滞在していたホテルでジュリーのことを、同行者のホーレス(エドワード・エヴァレット・ホートン)と勘違いしたことから話がややこしくなり…。


脚本の稚拙さに対して、アーヴィング・バーリンの曲は名曲揃い。
“No Strings”
“Isn't this a Lovely day”
“Top hat,White Tie and Tails”
“Cheek to Cheek”…

特に“Cheek to Cheek”はアステア&ロジャースのコンビを象徴するナンバーだそうです。
ただ、衣装の羽の件でアステアはかなり文句を言ったらしく(踊りながらどんどん羽が抜けて、アステアの口や鼻に入り、とても踊れたもんじゃなかったらしい)、もしかしたらこのエピソードと一緒に有名になったのかもしれない。
羽って抜けますよね…確かに。




どのナンバーも素敵ですが、個人的には“Top hat,White Tie and Tails”がやはり思い入れがある。
一連のアステア作品を見る前に「フレッド・アステアのすべて」というドキュメンタリーを見たのだけど、そこではじめに紹介されたのがこのナンバー。
いや、もう度肝を抜かれたというか。
ズラリと並ぶ燕尾服のダンサー、中央のアステアはまさに“THE”アステア的に歌い踊る。
いや、もう、文句のつけようもない。
このシーンは劇中劇で、歌とストーリーは全く関係ないんだけど、この曲を入れるためにアステアがシナリオを作り変えさせたそうな。
それだけ魅力的なこの曲、スタンダードとしては知名度が低い。
エラが歌ってるのは結構有名な気がしますが。あとはメル・トーメくらいか。

この曲の前奏とCメロに使われる印象的な半音下降系のメロディー。
これ、歌手泣かせですわ…(*_*)
ジョビンもよく使うこのパターン、「バラに降る雨」とか「Estrada do Sol」とかにも出てくるアレですが、ピッチ取るのが本当に難しいのですよ。
気を確かに持ってないと、あっという間にoff key(つまりオンチ)になってしまう。
アステア、サラッと歌うんですよね~…いやはや、サスガデゴザイマス。




あと、“No Strings”の歌い出しにはゾクッと来ました。
セリフから滑らかにつながる歌い出し、
何度観ても鮮やかな繋ぎにウットリする。
いやはや、歌ってこうやって歌うのですね。もはや既に名人芸!
ここの歌い出しにチャプター付けたいくらいです。




あとは、土砂降りの中雨宿りしながらジンジャーと踊る“Isn't This a Lovely Day”はジンジャーのツンデレっぷりが可愛くて。
アステアのステップを真似するところから始まるけど、ただ真似するんじゃなくて、いかにも女性らしく踊るところがなんとも可愛いのだ。
これも、曲が先に出来てて、シナリオをあとから合わせて作ったそうな。
雨の曲といえば「雨に唄えば」が有名だけど、これも捨てがたいな~。



プロダクションナンバーの“Piccollino”は、制作側からの要求でバーリンが仕方なく作ったらしい。
制作側の「フィナーレには豪華な群舞」というステレオタイプな考え方がアステアは嫌だったらしく、バーリンのこの曲も気に入らず、止むを得ずジンジャーが歌ってます。
確かに曲も『コンチネンタル』を意識しすぎの「わかりやすく異国情緒あふれたメロディーとリズム」を多用していて(リズムはハバネラだしね)、バーリンらしくない。
でも、これはこれでヒットしたらしいです。
まあ、わかりやすいから。
2人の踊りはさすがの優雅さだけど、まあ新鮮味はさほどありません。豪華だけど。





よくよく観直してみて気づいたのだけど、この作品、『ロバータ』に引き続きファッション界の話が絡んでます。

まず、ジンジャー扮するデイルはモデル。
彼女はデザイナーのベリーニの専属で、彼から経済的支援を受けながら優雅な暮らしをしている。
ベリーニはデイルに気があるが、デイルは「私たちはビジネスの関係よ」と突っぱねている…。

この辺のプロット、うっかりしてると、「男の気を弄びつつ貢がせてる高慢ちきな女」に見えてしまうが、そうではない。
オート・クチュール全盛の1930年代、各メゾンには「マヌカン・メゾン」と呼ばれる専属モデルがおり、まさに「生きたマネキン」として顧客の来店時にフィッティングモデルとして服を見せる役割をしていたのです。
中でもメゾンのトップモデルは、外出時もそのメゾンの服を纏い、夜はデザイナーに同行して社交場に行き、生きた広告塔として振舞ったとか。
当然社交界できちんと認知されるには、美貌だけでなく、相応しい知性や教養も必要で、「綺麗なら誰でもなれる」というようなものではなかったのです。

おそらくジンジャーの役は「メゾン・ベリーニ」のトップマヌカン。
だからこそプライドも高く、乗馬もこなし、彼女が纏えばその服はたちまち評判になるような、特別な存在だったのでしょう。
そう思うと、デイルが「男なんてみんな信用出来ない!」というセリフが、なんだか違うものに聞こえてくる。
さぞかし言い寄る男も多かろう立場、そこでイメージを崩さずに気高く振舞うのは結構な労力。
現代の芸能人のようなものでしょうね…。


古い映画というのは、時代背景を加味して観ると、また違ってみえてくるものなんですね。
ブログを書きながら、新たな発見です。
しばらくこの作業、続けて行こうと思います!
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